AIに性格を持たせるとなぜ会話が続くのか — 「おもしろAI」開発の裏側

AIキャラクターと楽しそうに会話するユーザーのイラスト

「便利なAI」は、なぜか話しかけにくい

ChatGPTをはじめとした汎用AIは、正直すごい。何でも答えてくれるし、精度も高い。でも、使っていてこんな感覚になったことはないだろうか。

「なんか、話しかけるのにちょっと構えてしまう」

これ、わりと多くの人が感じていることだと思う。汎用AIは優秀すぎるがゆえに、どこか「先生に質問しに行く」ような緊張感がある。「こんな質問したら怒られるかな」とは思わないにしても、なんとなく"ちゃんとした質問"を用意しないといけない気がしてしまう。

じゃあなぜそう感じるのか。それを突き詰めていくと、「おもしろAI」を作った理由がそこにあった。


汎用AIが持つ「万能ゆえの無個性」問題

汎用AIはあらゆる人に対して、あらゆる質問に答えられるように設計されている。だから当然、トンがった個性は削られる。どんな人が使っても不快にならないよう、言葉はやわらかく、立場はニュートラルに、感情は抑えめに。

これは設計として正しい。正しいんだけど、その結果として生まれるのが「誰とでも話せるけど、誰にも刺さらない」という状態だ。

人間の会話でも同じことが起きる。どんな相手にも無難に接してくれる人と、ちょっとクセがあるけど話していて笑える人、どちらと「また話したいな」と思うか。——答えはたぶん、後者だ。


「性格」があると、なぜ会話が弾むのか

AIに性格を持たせると、会話の構造がガラッと変わる。

たとえば「関西弁AI」に何か質問すると、答えが返ってくるだけじゃなく、そのテンポや語尾、ちょっとしたツッコミに思わず笑ってしまう。すると自然と「じゃあこれはどう?」とまた話しかけたくなる。

これは単なる「面白さ」の話じゃない。もう少し本質的な話をすると、「返答にキャラクターがある」ということは、「そのAIとのやりとりに文脈が生まれる」ということだ。

汎用AIの返答はどこまでいっても「情報の提供」だけど、キャラクターのある返答は「会話」になる。情報の提供は用件が済んだら終わるが、会話には続きが生まれやすい。これが「性格があると会話が続く」理由の核心だと思っている。


「おもしろAI」の設計でこだわったこと

じゃあ単に「関西弁で返すように指示したプロンプト」を用意すればいいだけじゃないか、と思う人もいるかもしれない。実際、既存の大手AIサービスにも「カスタム指示」や「キャラクター設定」のような機能はある。

でも正直に言うと、それだとキャラクターが「薄い」

汎用AIはあくまで「汎用」で動くように最適化されているから、キャラクター設定はある種の「上書き」にすぎない。ちょっと複雑な質問をすると、すぐにキャラクターの皮が剥がれて、素の"優等生AI"が顔を出す。

「おもしろAI」では、各AIのキャラクターがなるべくのびのびと、端から端まで一貫して滲み出るように、設計の段階からキャラクターを中心に据えている。「ねこ語AI」はどんな難しい話題でもねこ語で答えようとするし、「俳句で答えるAI」は、ちょっとムリのある内容でも俳句に落とし込もうとする。そのムリをしてくれる感じが、逆に愛嬌になる。


キャラクター付きAIが向いている場面

念のため書いておくと、「おもしろAI」は汎用AIの代替ではない。正確な情報を手早く得たいときは、汎用AIを使えばいい。それが正直なところだ。

「おもしろAI」が輝くのは、たとえばこんな場面だ。

  • 何か面白いこと言ってほしいとき
  • 気軽にAIと雑談したいとき
  • 友達への一言メッセージのアイデアを出してほしいとき
  • ちょっと落ち込んでいて、ポジティブな言葉が欲しいとき

要するに、「正解」より「温度」が欲しいときに使ってほしいと思って作っている。


最後に:「便利さ」より「また来たい」を目指した

AIサービスを作るとき、多くの人はまず「便利さ」を設計する。それは当然のことだし、正しいアプローチだ。

でも「おもしろAI」を作るときに一番意識したのは、「また来たくなるか」だった。

関西弁AI のノリに笑ってしまった人が、翌日また「あのAI、なんか憎めないんだよな」と思って戻ってきてくれる——そういうサイトにしたかった。

AIの個性って、最初は「おまけ」みたいに見えるかもしれない。でもそれこそが、会話を続かせる一番の燃料だと、作りながら確信するようになった。

もし「AIと話すのって、なんか構えてしまう」と感じたことがある人は、ぜひ一度「おもしろAI」で遊んでみてほしい。きっとその感覚、すっかり忘れてしまうはずだ。